スワーダ・アル・ムダファーラさんは、日本人として初めて中東オマーンの国籍を取得した女性です。
現地では教育者として尊敬を集めており、ニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本人100人」にも選ばれています。
そんなスワーダさんに「一体どんな人なの?」、「家族はいるの?」と興味を持つ人も多いのではないでしょうか。
- 東京都立川市の出身で、旧名は森田美保子
- 高校卒業後は銀行へ就職し、その後カルチャースクールを主宰する
- 最初は文化使節団としてオマーンを訪れる
- 結婚を機に国籍と名前を変えた
- 結婚歴は4回で娘と孫がいる
この記事では、スワーダ・アル・ムダファーラさんのwiki経歴や学歴、家族(夫・娘)についてまとめました。
- スワーダ・アル・ムダファーラがどんな人なのか知りたい!
- スワーダ・アル・ムダファーラさんの家族が気になる
スワーダ・アル・ムダファーラのwiki経歴まとめ

スワーダ・アル・ムダファーラさんは、異文化の中で自らの道を切り拓き、日本人として初めてオマーン国籍を取得した女性です。
イスラム教への改宗や、異文化の中での結婚・子育てなど、ユニークな経歴が注目を集めています。
名前:スワーダ・アル・ムダファーラ(旧名:森田美保子)
生年月日/年齢:非公開
出身地:東京都立川市
国籍:オマーン(1983年に取得)
宗教:イスラム教(1983年に改宗)
スワーダさんは、日本での活動を経てオマーンへ渡り、異文化の中で人生を築いてきました。
次は、彼女がどのような経歴を歩んできたのか、カルチャースクール主宰から文化使節団参加、そして国籍取得に至るまでの流れを見ていきます。
オマーンの国籍取得するまで
文化使節団とは、日本の伝統文化や芸術を海外で紹介するために政府や団体が派遣する代表団のことです。
参加するには、茶道や華道、琴などの日本文化の知識や技能が求められます。
琴・茶道・華道の免許を持ち、日本文化への造詣が深かったことから、文化使節団の一員としてオマーンを訪問する機会を得ました。
スワーダ・アル・ムダファーラさんは、1979年にオマーンを訪問した当時、すでに20代のシングルマザーでした。
このことから、現在は70代前半とみられます。
その後、1983年に再びオマーンを訪れた際、「オマーンの女性に日本の心を伝えてほしい」という現地の人々の声に応え、現地に留まる決意を固めました。
彼女はイスラム教に改宗した後、ムスリムとして新たな人生を歩み始めました。
その後オマーン人の男性と結婚して、イスラム名を授かり、オマーン国籍も取得しています。
オマーンでの活動
初年度はわずか5名の園児からのスタートでしたが、彼女の教育理念と現地文化への深い理解により、同校は2010年には813名規模の名門校へと成長。
21年間にわたり校長として教育現場を牽引し、オマーンの私立教育の礎を築きました。
スワーダさんの主な功績
- 「アザン・ビン・ケイス・プライベートスクール」創立(1990年)
- 外務省より大臣表彰を受賞
- ニューズウィークの「世界が尊敬する日本人100人」の一人として選ばれる
- Northwest Asian Weekly より「年を変えた世界の女性リーダー10人に」世界で活躍する女性と共に選ばれる
- 日本とオマーンの文化交流に貢献
校長退任後も、青少年の育成を目的としたライフコーチや教育アドバイザーとして活動を継続。
日本とオマーンの架け橋として、国際交流や文化理解の促進にも尽力しています。
その功績は国内外で高く評価され、外務省から大臣表彰を受けるなど、教育者としてだけでなく文化人としても広く認知されています。
スワーダ・アル・ムダファーラの学歴まとめ(中学・高校・大学)

20代でカルチャーセンターを立ち上げるなど、スワーダさんは若くして自立心と行動力を兼ね備えた女性でした。
チャレンジ精神旺盛なスワーダさんは、一体どんな学生生活を送っていたのでしょうか。
ここではスワーダさんの学歴を見て行きましょう。
スワーダ・アル・ムダファーラの出身校は藤村女子中学校・高等学校

スワーダさんが通った藤村女子中学校・高等学校は、東京都武蔵野市・吉祥寺にある中高一貫の私立の女子校です。

高等学校の偏差値は45-55で、高校2年ではロサンゼルス語学研修があります。
また、体操や水泳などの競技で全国レベルの選手を輩出する一方、芸能界でも多くの卒業生が活躍しています。
著名な出身者
- 斉藤こず恵 (女優・声優)
- 内田有紀 ( 女優 ※高校2年時に中退)
- 藤丸真世 (元シンクロナイズドスイミング選手・アテネ五輪銀メダリスト)
- 石川恭子 (ソフトボール選手・日本代表キャプテン)
- 新井麻葵 (プロテニス選手)
- 玉置桃 (柔道家・三井住友海上)
- 大島杏子 (体操選手・朝日生命体操クラブ)
スワーダさんがどのような学生だったかは記録に残っていませんが、こうした多様性に富んだ環境が、彼女の柔軟な発想や行動力の土台になっていた可能性は高いでしょう。
スワーダ・アル・ムダファーラの出身大学は?
高校卒業後、スワーダさんは銀行に就職しています。
当時は、女性が高校卒業後にそのまま社会に出るケースも多く、特に金融機関や事務職は、若い女性の就職先として一般的でした。
大学進学はまだ限られた選択肢であり、スワーダさんのように早くから社会経験を積む女性も少なくありませんでした。
スワーダ・アル・ムダファーラの家族構成(夫・子供)は?

日本人で初めてのオマーン国籍を取得したスワーダ・アル・ムダファーラさん。
文化も宗教も価値観も異なる環境で暮らすスワーダ・アル・ムダファーラさんがどんな家庭を築いているのか興味を持った人もいるのではないでしょうか。
ここでは、スワーダ・アル・ムダファーラさんの家族構成(夫・子供)について見て行きましょう。
スワーダ・アル・ムダファーラの夫は?
最初の結婚は日本での職場結婚で、娘をもうけますが、離婚に至っています。
その後、オマーンに渡り、イスラム文化の中で複数回の結婚生活を送りました。
そして2000年代前半に4度目の結婚を果たし、異文化間での家庭生活を通じて、価値観や教育観をより深めていきました。
彼女の結婚歴は、単なる事実の積み重ねではなく、異なる文化や宗教との対話を重ねながら、自身の人生哲学を築いてきた軌跡といえるでしょう。
スワーダ・アル・ムダファーラは娘と孫が2人いる
スワーダさんは、最初の結婚の時に日本人の夫との間に娘をもうけています。
娘さんは現在、ニュージーランドのオークランドに暮らし、大学生の息子2人を育てる母親となっています。
子供が大学生なので、娘さんは40代~50代くらいと考えられます。
スワーダさんはブログで「娘の存在が、私の人生の軸になっている」と綴っており、その言葉からも母娘の深い絆が感じられます。
文化や宗教を越えた“対話”の象徴として、娘さんとの関係は彼女の教育観や人生哲学にも大きな影響を与えています。
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